カテゴリ:奈良の行事2月( 7 )

菅原天満宮のおんだ祭と盆梅展(奈良市)

このおんだ祭は1000年以上も続けられています。(戦中戦後途絶えていたが、昭和50年代から復活)。神輿倉の前、四隅に青竹を立てしめ縄をはった仮の神田で、翁の面を着けた田主が古い狂言形式で(村役などと全員で台詞の掛け合い)農耕儀礼を行います。
↓牛の面を付けた子供と農機具を付けて走り回ったり、観衆にぶつかったり。
d0049152_21253762.jpg肥え入れ、肥撒きの場面もユニーク↓d0049152_21343684.jpg
















d0049152_22274348.jpg参詣者めがけて肥料を撒き散らしたり→
モミ種を大きく撒いたり↓雑草採りの所作があり楽しめました。

最後に、田主、牛の役をした少年、神主さん、巫女さん、村役さん等により、松苗撒きがありました。


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梅便り 室内の盆梅が見頃↓ 境内は拝殿手前の一本が五部咲き↑で、他はまだ。
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    菅原天満宮と喜光寺で開催中の菅原の里盆梅展は3/5日(日)まで。
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by nori_bura | 2006-02-25 22:46 | 奈良の行事2月

鏡作神社(かがみつくりじんじゃ) 御田祭 (田原本町)

正式名称は鏡作坐天照御魂神社(かがみつくりにいますあまてらすみたまじんじゃ)。
天照大神が天の岩戸に隠れた際、八咫鏡をつくったと伝わる石凝姥命など三神が祀られている。
古代から江戸時代にかけて、この辺りに鏡作師が住んで鏡池で身を清め鏡作りに励んだといわれている。鏡の神様としては全国で最も由緒の深い神社とされ、美の神として技術向上を願う美容師や鏡業界の関係者の参拝が多い。
d0049152_1657473.jpg午前10時頃、神前に山の幸・海の幸と松苗を献じ「祈念祭」が行われる。

午後1時頃から
拝殿内での神事、祝詞、表彰式、宮司さんの挨拶と行事の説明があり、続いて郷土芸能の「御田植舞」「豊年舞」を奉納されました。


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d0049152_17261825.jpg舞のあと、拝殿まえの神田に見立てた砂敷で、牛になる男2人、田を耕す男、田主などが出て、畔作り、田起し、籾蒔き、牛使いなどの所作を太鼓の音に合わせ行われた。
牛がひどく暴れるほど豊作の前兆だといわれています。
(農機具を替え、牛の中も交代され、3周ずつ回られた。)


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松苗を植える所作の後、雨と見立てて砂を撒き、松苗を上空に投げられて参拝者は競って拾いました。ご供物(お餅とお菓子)撒きもありました。

開催日時 : 2月21日に一番近い日曜日  
場所 : 田原本町八尾  (近鉄田原本駅下車、徒歩15分) 
問い合わせ先 : 鏡作神社 TEL 07443-2-2965
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by nori_bura | 2006-02-19 17:55 | 奈良の行事2月

長谷寺 だだおし(桜井市)

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だだおしは人間の罪やけがれを仏前に懺悔し、身も心も清浄にして新年を迎えるため、悪魔退散、無病息災、万民豊楽を祈る法要です。

毎年2月14日修二会最終日に行われる法要で正月行事最後の大法要。

d0049152_14232824.jpg(修ニ会とは、国家隆昌を祈る法会で東大寺の二月堂のお水取りと同様の行事である。)
16時より、本堂内での法要の為、僧侶等の行列が登廊を上がり、本堂に入られました。
本堂の中で座って法要の様子を見る事もできます。
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17時頃から、本堂の中からほら貝や太鼓の音が聞こえ、本堂の中を鬼が回っているようでした。
d0049152_819249.jpg17時20分頃、松明に火が点けられ、青鬼が左側から、緑の鬼が右側から本堂の周囲を火の粉をまき散らしながら大声をあげて回ります。最後に一番顔の大きい赤鬼が回りました。(撮影は失敗。雰囲気をご覧下さいね。)

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by nori_bura | 2006-02-14 22:22 | 奈良の行事2月

お綱祭り(桜井市)

桜井市江包(えっつみ)地区と大西地区で行われる綱のお祭りを見てきました。
県指定無形民俗文化財です。
[お祭りの歴史と由来 ]
昔、大洪水があって上流の三輪から2人の神様が流がれ着かれた。江包は素戔嗚尊(すさのおのみこと)、大西は稲田姫(古事記でいう櫛稲田姫のこと)をお助けした。その後、毎年正月に結婚式をあげられることになったという伝えがある。古くからの田遊び祭りで、豊作をあらかじめ祝う儀式である。 (桜井市観光情報サイトより)
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d0049152_2249101.jpg朝、先に大西地区の市杵島神社から女綱を担ぎ出されます。
10時頃到着すると、女綱の方は泥相撲を始める所でした。
女綱は長細~い形で、先についている長い尾綱で土俵が作られ、水を撒いた田んぼで相撲をされていました。
この頃、男綱はまだ江包地区の春日神社にあり、担ぎ手はd0049152_2255229.jpgd0049152_22552216.jpg酒席の中。カメラマン、見物人も地区の方が出されている、御手洗だんご、コーヒー、ぜんざい等(有料)を頂きながら暫く待ちました。

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d0049152_23142663.jpg11時前、やっと担ぎ手が出て来られ、厄の方や、慶事のあった家の方などを尾綱の中に押し込んで(左)騒いだ後、↑男綱出発です。円錐形なので、担ぎにくいそう。(どちらも700㌔程もある大綱で、100m程度の尾綱がついています。)
男綱を近くの田んぼまで運んで下ろし、泥相撲を始められました。
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d0049152_23295413.jpg↑その頃女綱は入舟の儀式(男綱と女綱の合体)がとり行われる素戔嗚尊神社のすぐそばまで来ていました。

休憩の後、綱掛橋から素戔嗚尊神社まで一気に駆け込まれました。

到着すると、榎の木に掛けられ、周囲に巻き付けられていた縄を解き、d0049152_23574047.jpgd0049152_2358442.jpg時折「ひーらいた、ひーらいた」と声を合わせながら、形を整えられていった。

男綱が泥相撲をしている頃、女綱は準備完了し男綱の到着を待っています。↓



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大分待たせて、男綱到着~





そして、皆が見守る中合体~。↓

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d0049152_0233556.jpg←出来上がり!
女綱の周囲を巻きなおし、抜けないように締め固定され、鳥居の前にぶら下げられています。4月中旬~5月上旬頃までこの状態で置かれているそうです。縄が自然にたわみ崩れてきたら、横に積まれている古い縄の上に積んで置かれるのだそうです。


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女綱の尾綱が綱掛橋から宿木まで括られています。
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by nori_bura | 2006-02-11 23:55 | 奈良の行事2月

飛鳥坐(あすかにいます)神社のおんだ祭り(明日香村)

「おんだ祭」は「御田植祭」の事で、境内を水田に見立て、農作業の所作を真似て、その年の豊作を祈る神事。それに加えて明日香の「おんだ祭り」では、夫婦和合の所作をし、子孫繁栄をおおらかに祈ります。(明日香村ファン倶楽部HPより)
毎年2月第一日曜日に行われる、人気の行事です。
d0049152_21433038.jpg朝10時ごろから「天狗」「翁」が、ササラ(先を割いた青竹)を持って、人のお尻を叩きまわります。
私は11時半頃に現地に到着し、いきなり天狗様に出くわしました。「お願いします。」とは言いましたが、[バシーッ] お尻には、まるでアントニオ猪木さんから闘魂注入されたような衝撃。手加減あるものと思い込んでいたので驚きました。今日一日で強弱混ぜて合計4回(お願いしなくても)叩かれました。無病息災、叩かれれば叩かれるほどご利益があるそうです。d0049152_2234287.jpg

13:30 神楽殿で飛鳥太鼓の奉納が始まりました。若手チームと2組の演奏があった。
13:50 飛鳥の集落を行列が出発し、
14時 宮司さん~来賓の方、「翁」「天狗」「牛」が入場、舞台の神楽殿へ。「翁」「天狗」は舞台を隅から隅まで叩きます。
宮司さんらにより、玉串奉納、祝詞、五穀を供える等の祭式が行われました。d0049152_22203477.jpgd0049152_22205171.jpg









d0049152_22244651.jpg次に「天狗」がササラで舞台を叩きまわった後、鍬を持った「翁」が畦を切り、「天狗」「牛」が加わり、田おこしを始めます。
ユーモラスな動きで笑わせてくれました。
牛が機嫌を損ねて動かなくなった場面。
最後に、宮司さんが籾蒔き、早苗に見立てられた松の葉で田植えの所作。
この後、松苗は観衆に投げられました。
(第一部終了)
(第二部)いよいよお祭りのクライマックス「お床入り」
d0049152_22582416.jpg「天狗」に連れられ「お多福」登場!
神職の方からてんこ盛りの祝ご飯(鼻つき飯)を渡されます。それを二人で持って、宮司さんの元へ。
「天狗」が急に舞台の前にある竹に覆われた「陰石」にうずくまってゴソゴソ。(「種つけ」所作のひとつのよう。)
舞台上に戻った天狗は、竹の筒を股に当て、ぐるぐると回します。(汁かけ)→
「翁」を仲人に、「天狗」と「お多福」の夫婦和合のシーンです。2回されました。d0049152_238182.jpgd0049152_238248.jpg









懐紙(「福(拭く)の紙」)を取り出し、「種付け」が終わった「お多福」さんの股間をふいてその紙を観衆に投げられました。この「ふくの紙」を使用すると子宝に恵まれるという。
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最後に、この神社のご利益で授かった子供達がお餅撒きをしてくれました。

狭い境内にびっしりの見物人が入り、笑い声がおこる楽しいお祭りでした。

この後も境内と神社の周辺では
「天狗」「翁」「牛」「お多福」が、ササラで参拝者のお尻を叩いてまわり、いつまでも賑わっていました。
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by nori_bura | 2006-02-05 23:33 | 奈良の行事2月

信貴山朝護孫子寺 鬼追式(生駒郡平群(へぐり)町)

d0049152_0422578.jpg信貴山朝護孫子寺 にも行きました。
用明天皇2年(587)、聖徳太子によって創建されたお寺です。
信貴山の起こりは、太子が寅の年の寅の日、寅の刻に寅とともに現れた毘沙門天を感得し祀ったことという言い伝えによるもので、境内の至る所で張り子のトラを見ることができます。
     
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本堂と一番大きい張子のトラ

本堂から見渡す奈良盆地の眺めは美しい!

午後5時から午後7時まで本堂で管長以下僧侶・信者による星まつり法要、
午後5時40分頃より鬼追式が行われます。暴れる鬼を毘沙門天が退治し、吉祥天女が福豆をまくとの逸話にちなみ、松明を持った鬼が、僧侶・年男に追われ逃げ回ります。
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本堂に逃げ込んだ鬼に対して皆で豆を撒き、追い出しました。
(外から鬼がなだれ込んで来ると、堂内は騒然とし、事前に配られていた豆を鬼に投げつけました。あっという間(10分くらいか?)に終わった気がします。これぞ豆まき!!)
この後、鬼は各宿坊門前まで逃げ回り、同様に豆まきをされていました。
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by nori_bura | 2006-02-03 23:50 | 奈良の行事2月

金峯山寺蔵王堂鬼火の祭典(吉野山)

修験道の開祖・役行者が法力と仏法で鬼を弟子にしたという故事に基づく行事です。
蔵王堂内で、午前10時「日数心経法要」
午前11時頃、本坊前から数十人の僧侶、山伏、全国から追い払われた鬼(地元青年団員のふんする赤、緑、黒の鬼6匹)が蔵王堂に入り、護摩が焚かれると同時に、衆生の運命に影響を与える星を供養する「星供」が修法されます。
参拝者は鬼の金棒や剣などで肩や頭に触れてもらい無病息災を祈ります。
その後、鬼踊りで輪になって荒れ狂う鬼に修験者が「福は内、鬼も内」と唱えながら豆をまくと、鬼が改心してひれ伏す「鬼の調伏式」が行われる。
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d0049152_2305154.jpg↑12時過ぎ、
「採灯大護摩供」ではまず、松明をかざした鬼たちの鬼踊りがありました。

←次に弓打ち 
六方向くらいに矢が打たれ、放たれた矢は拾った人が持ち帰っていました。

この後、四方で呪文のような言葉をを唱えながら刀を振る儀式がありました。

最後に護摩がたかれ、再びその周りで鬼踊りがあった。↓d0049152_2332874.jpg



護摩がたかれている間、読経の声が境内に響いていました。

護摩だき終了後の午後1時過ぎ、福豆まきです。
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当たりくじもある、豆入りの袋が沢山まかれ、みんな必死に取りました。私は6個取って止めましたが、た~くさん取っておられる方が少なくなかった。ちなみに、日本酒1升とボールペン1本頂いて帰りました。出かけたなりの成果も頂き、中身の濃い金峯山寺の節分行事を堪能しました。
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by nori_bura | 2006-02-03 23:25 | 奈良の行事2月