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備中高松城址(総社市)

備中高松城は、天正10年(1582)の羽柴秀吉による高松城水攻めの主戦場となった城趾として有名です。現在は、高松城趾公園として整備されています。
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三の丸跡

城址公園の駐車場のエリア。





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二の丸跡

本丸と三の丸間。資料館の北側に位置する。
本丸と同規模の曲輪であるとみられる。
本丸とは小橋でつながっていたと伝えられている。

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橋の向こう側が
本丸跡

天正10年(1582)の戦いの後も、城は改修を維持され、慶長5年(1600)関ヶ原合戦の後は、徳川氏の旗本が陣屋を構えた。
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本丸跡にある
城主 清水宗治公の「首塚」。



高松城水攻めの際の遺構が城跡の南東に残っている。
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by nori_bura | 2015-05-20 13:15 | 旅行・岡山県

水戸城祉(水戸市)

水戸市三の丸には、かつて水戸城があり、江戸時代には水戸徳川家の居城であった。
水戸駅の北側に隣接する丘陵に築城された連郭式平山城で、北部を流れる那珂川とd0049152_9373872.jpg南部に広がっていた千波湖を天然の堀としていた。

城郭には石垣がなく、全て土塁と空堀で構成されていた。

薬医門(復元)、弘道館の正庁・至善
d0049152_9482116.jpg堂・正門が城址の名残りをとどめている。

二の丸と三の丸の間の堀は、明治期に道路として転用された。

城跡(旧二の丸)に建つ水戸市立水戸第二中学校 ↓
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城跡(旧三の丸)に建つ水戸市立三の丸小学校。
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by nori_bura | 2015-03-27 14:40 | 旅行・茨城県

唐津城遠望(唐津市)

唐津くんち見物の途中、早朝の博多駅で買った駅弁を食べるのに西ノ浜に出ました。
唐津城が見えるけど上がる時間はなく、今回は遠くから眺めるだけになりました。
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西ノ浜の左手には船の形の「少年科学館」、その奥の白い鉄塔のある所は「九州電力唐津発電所」です。沖に見えるのは、鳥島・高島。
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唐津城にはいつか上がってみたいな。帰りの電車から見えた唐津城も良かった・・・。
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by nori_bura | 2014-12-08 11:50 | 旅行・佐賀県

史跡 福岡城址へ④(福岡市)

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裏御門跡
表御門と並び、二の丸から本丸へ入るもうひとつの門。
かつては本丸御殿に近い出入口であった。本丸の西側に位置する。




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表御門跡
二の丸から本丸への入口で、本丸の北側に位置する。

この本丸表御門は大正7年に博多区千代の崇福寺に移築され、現在も崇福寺山門(県指定文化財)として現存しています。
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下から見上げました。






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二の丸跡
二の丸は本丸の北側と西側を囲うような形になっている。

北側には梅園があります。

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by nori_bura | 2014-11-06 13:50 | 旅行・福岡県

史跡 福岡城址へ③(福岡市)

d0049152_0473518.jpg鉄御門跡
本丸から天守曲輪へ向かうための門。
要衝の門にふさわしく、敵の侵入を防ぐため幅が狭くなっている。
高く積まれた石垣の上に櫓や塀が張り巡らされ、上から攻撃できるようになっていた。
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埋門跡
(うずみもん)
ふだんは土壁で遮られていたそうです。

見学用に設置された階段を上がり、埋門の上を渡り大天守台へ。

d0049152_8385869.jpg大天守台跡
東西6列、南北9列の礎石列があり、42個の礎石が残る。

大天守台跡は展望台になっています。
福岡市の街・福岡タワーが見える。水辺は大濠公園。L字型になっている石垣の上には天守櫓があった。
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by nori_bura | 2014-11-05 13:40 | 旅行・福岡県

史跡 福岡城址へ②(福岡市)

三の丸(松ノ木坂)
ほぼ現在の舞鶴公園にあたる内郭は、天守台・本丸・二の丸・三の丸の4層に分かれ、潮見櫓・多聞櫓・花見櫓をはじめとする47もの櫓があった。
ここは三の丸の「松ノ木坂御門跡」へ続く入口にあたる。三の丸には、藩主を支える家老達の屋敷群があった。
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松木坂門跡
松木坂門は下之橋御門方面からの二の丸虎口。

御時櫓跡
本丸の北西隅に位置する二階櫓があった。
時を告げる鐘があったそうです。
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天守櫓跡
天守台の西の枡形石垣上に櫓があった。





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本丸跡
かつて本丸御殿や武具櫓などがあった。
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by nori_bura | 2014-11-04 13:15 | 旅行・福岡県

史跡 福岡城址へ(福岡市)

福岡城の大半は鶴舞(まいづる)公園にあり、大堀は大濠(おおほり)公園として整備されています。地下鉄大濠公園駅から徒歩で向かいました。

慶長5年(1600)、黒田長政は関ヶ原の戦いで戦功を上げ、徳川家康より52万3千石を与えられ、豊前国中津(大分県中津市)から筑前国(福岡)に移り、福岡藩初代藩主になりました。
 長政は初め、名島城(福岡市東区)に入りますが、狭く、城下町も作れないため、福崎(旧那珂郡警固村・現舞鶴公園)に慶長6年(1601)から7年の歳月をかけて、総面積80万㎡(24万坪)、東西1km、南北700mの全国でも有数の規模の平山型の城を築城しました。大阪以西では最大規模の城郭です。
城名は、黒田氏の故地である備前国邑久郡福岡(岡山県)に由来します。
別名、舞鶴城、石城。日本100名城(85番)。
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d0049152_13283539.jpg伝潮見櫓
下之橋御門と隣接している櫓。
二重二階入母屋造り。
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下之橋御門
(下之橋大手門)
殿様が生活する館への出入口。
国表の奥方様のお里帰りやお城に仕えるお女中さん達の出入口でもあった。奥方様の安産祈願の折りは、お犬様を先頭に行列を仕立てて、この御門を出入りした。
2000年8月不審火で半焼したが、2008年11月、二層の城門として復元された。
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母里太兵衛邸長屋門
黒田24騎の一人で、福島正則から名槍日本号を飲み取ったという「酒は飲め飲め…。」の筑前今様で知られる豪傑母里太兵衛の邸宅の門。
武家屋敷長屋門として代表的な江戸時代の優れた建造物です。
現在の天神二丁目の地に、母里太兵衛の屋敷と長屋門はあったが、昭和40年現在地に復元された。
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by nori_bura | 2014-11-03 13:00 | 旅行・福岡県

史跡 高松城跡④・天守台から(高松市)

天守台に上がりました。西側には、琴電高松築港駅のホームがある。内堀・鞘橋。
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北側。左から二の丸・水門・三の丸。海が見えます。
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d0049152_8301379.jpg北東に月見櫓の屋根が少し見える。

東に披雲閣。後の建物は、アルファあなぶきホール。

d0049152_924133.jpg明治17年に老朽化を理由に解体された天守の1階部分にあたる穴蔵が検出された。
『田』の字形に並んだ58個の礎石が、ほぼ当時のまま現われた。
床面からは4本の柱跡の穴が見つかった。
柱の一部を直接土に埋めこんでいた構造は、高松城天守が他に例を見ない特徴的な工法を採用していた可能性があります。
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今後、天守閣の復元が望まれているそうです。
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by nori_bura | 2014-10-14 15:50 | 旅行・香川県

史跡 高松城跡③(高松市)

水門 二の丸と三の丸の間。
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d0049152_12562662.jpg高松城は、北に海、三方に堀を巡らし海水を引き入れているので、堀の水位は潮の干満によって変わります。
この水門の操作で水位調節をしていたと言われています。事が起きれば、堀全体が巨大な軍港と化し、水軍の軍船を城に入れることもできた最新鋭の水城(海城)であったそうです。
d0049152_1311472.jpg鞘橋
本丸と二ノ丸を唯一つないでいる天守閣に至る通路。戦略上の役割もうかがえます。当初は「らんかん橋」と呼ばれ、屋根を有する現在の形になったのは江戸時代中期ののことと言われています。

天守台石垣
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明治17年(1884) 天守は老朽化により解体。
1920年 松平家初代藩主松平頼重を祀った玉藻廟を建立。
2006年より始まった天守台石垣の解体修復工事に伴い、玉藻廟は全て解体された。
平成19年(2007)天守台の解体・補強・積み直し工事を開始。
平成25年(2013)3月より天守台の一般公開を再開されています。
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by nori_bura | 2014-10-13 15:45 | 旅行・香川県

史跡 高松城跡②(高松市)

d0049152_10233813.jpg後の高いビルは、サンポート高松と
JRホテル。


一番高い石垣は天守閣跡

右は三の丸。

内堀。

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三の丸の石垣。







d0049152_10242047.jpg桜御門跡
三の丸入り口です。

披雲閣
(重要文化財)
松平藩時代に三の丸に披雲閣と呼ばれる現在の2倍の規模の書院風建物があった。明治5年(1872)に老朽化により取り壊され、現存の披雲閣は、松平家高松別邸として、3年の歳月をかけて1917年(大正6年)に竣工した。
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左から、北の丸月見櫓・続櫓・水手御門・渡櫓
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月見櫓(着見櫓)(重要文化財)北の丸の隅櫓。 
水手御門(みずのてごもん)(重要文化財)
江戸時代、この石垣の北側まで海でした。藩主は水手御門から小舟で出て、沖に停泊する御座船「飛龍丸」に乗船し遊覧を楽しんだり、参勤交代に出かけたりしていました。
水手御門は、直接海に向かって開く海城独特の門で、全国唯一の現存例です。
渡櫓(重要文化財)。
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by nori_bura | 2014-10-12 10:17 | 旅行・香川県