タグ:紅葉・イチョウ ( 51 ) タグの人気記事

當麻寺にて(葛城市)

d0049152_9244570.jpg11/27、當麻寺へ。



仁王門前で。





境内から東塔を見る。
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d0049152_1018891.jpg西南院の見晴台から。
紅葉越しに、西塔・東塔が見える。
庭園の3本の大きな紅葉の木は、樹齢300年を超えるそうです。

西日の時間になり、撮影は難しかった。

紅葉の時期は観光客が多く、平日でも駐車場待ちの渋滞がありました。
この日はNHKの朝の番組で、紅葉中継があり、余計に混んだかな?
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by nori_bura | 2014-12-18 14:50 | 奈良の紅葉

紅葉の湖東三山・百済寺③(東近江市)

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参道途中左手にある本坊・喜見院の池泉回遊式庭園の山腹の散策道を上がり遠望台へ。

広大な湖東平野を掠めて真西に『お山』(比叡山)を望む時、湖東平野という歴史舞台が果たしてきた地理的重要性が見えてきます。
さらにその西方880km先には、渡来人が母国を偲んだ古の百済国が位置しています。
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d0049152_1282592.jpg仁王門
長い参道の本堂近くに立つ。本堂と同じ年代に建立された。
一対の金剛力士像が向きあっています。
正面につり下げられた一対の大草鞋に触れると、身体健康・無病長寿のご利益があると昔から言い伝えられています。
「百寺巡礼」で五木寛之氏が第35番目の百済寺参拝時に、この大草鞋に触れて、百済寺満願を達成されてから脚光を浴びておられるとか。

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by nori_bura | 2013-12-25 12:50 | 関西ぶらり(滋賀)

紅葉の湖東三山・百済寺②(東近江市)

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表門
門を振り返ってと見ると綺麗でした。



庭園本坊
百済寺一山の本坊は喜見院です。
現在の建物は、昭和15年に仁王門側から移転改築されたもの。それにともない庭園も旧本坊のものを拡張改造されました。
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東の山を借景に山腹を利用し、大きな池と変化に富む巨岩を配した豪華な池泉廻遊式ならびに観賞式の庭園があります。

飛び石を渡り、山腹を上がり「遠望台」へ続きます。
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by nori_bura | 2013-12-24 12:30 | 関西ぶらり(滋賀)

紅葉の湖東三山・百済寺①参道を行く(東近江市)

d0049152_1162330.jpg11月24日、湖東三山の三ヶ所目までくると、駐車場に入るのにも渋滞。先に下車してのんびり参道を歩きました。

赤門
参道の入口に建つ。元々朱塗りのために通称赤門と呼ばれています。
本堂と同じ慶安3年(1650)に建立された。
極楽橋
赤門から50m。「五の谷川」に架かる朱色の橋。
橋の手前を「此岸」、橋を渡りきると「彼岸」という形で造作されています。
この橋から本堂まで参道の両側には延々と「石垣参道」とルイス・フロイスが「地上の天国 一千坊」と絶賛した「僧坊」の遺構が左右に展開します。
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by nori_bura | 2013-12-23 12:20 | 関西ぶらり(滋賀)

紅葉の湖東三山・金剛輪寺④(愛知郡愛荘町)

三重塔(重要文化財)
寺伝では鎌倉時代の寛元4年(1246年)の建立というが、様式的には南北朝時代の建築とみられる。織田信長の焼き討ちはまぬがれたものの、近世以降は荒廃し、塔の初層と二重目の軸部(柱、梁などの根幹材)と組物がかろうじて残るだけで、三重目はなくなっていた。現状の塔は1975年から1978年にかけて修理復元されたもので、欠失箇所は同じ滋賀県内の西明寺三重塔などを参考に復元したものである。
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帰り道スナップ
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by nori_bura | 2013-12-22 11:05 | 関西ぶらり(滋賀)

紅葉の湖東三山・金剛輪寺③(愛知郡愛荘町)

d0049152_1849133.jpg二天門
(重要文化財)
室町時代前期の建築。元来は楼門(2階建て門)だったが、2階部分が失われたものという。屋根は入母屋造、檜皮葺とするが、屋根材は江戸時代のもの。

d0049152_18492047.jpg国宝 本堂
入母屋造、檜皮葺の和様仏堂で、中世天台仏堂の代表作。
須弥壇の金具に弘安11年(1288年)の銘があるが、本堂の建築様式・技法は鎌倉時代まではさかのぼらず、南北朝時代の建立とみらる。
本尊を安置する厨子は建築的細部をもち入母屋造、檜皮葺き。(建物と同時期の作とみられる。附 国宝。)
本尊は、秘仏秘仏本尊聖観世音菩薩。この像は一見、未完成像かと思われるほど、体部の彫りが荒々しい。行基菩薩の御作といわれ、一刀三礼、行基菩薩が彫刀を進められると、やがて木肌から赤い血が一筋流れ、菩薩直ちにその彫刀を折り、粗彫りのまま本尊として安置された。後の世に「生身の観音」と信心されています。
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by nori_bura | 2013-12-21 11:00 | 関西ぶらり(滋賀)

紅葉の湖東三山・金剛輪寺②(愛知郡愛荘町)

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茶室水雲閣
江戸時代、天保年間(1830~1844)の建立。





庭園にて。
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千体地蔵  明寿院から二天門までの数百mの参道の両側に千体地蔵が並ぶ。
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by nori_bura | 2013-12-20 10:40 | 関西ぶらり(滋賀)

紅葉の湖東三山・金剛輪寺(愛知郡愛荘町)

d0049152_9423041.jpg奈良時代の中頃、天平13年(741)に聖武天皇の勅願で行基菩薩によって開山された天台宗の寺院です。(11/24訪問)

総門
「黒門」とも呼ばれる。
江戸時代の建立。
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d0049152_16374617.jpg参道の紅葉が綺麗でした。


西谷堂
江戸時代の建立。
阿弥陀如来を本尊とする。

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by nori_bura | 2013-12-19 10:30 | 関西ぶらり(滋賀)

紅葉の湖東三山・西明寺へ③(犬上郡甲良町)

元亀2年(1571年)、比叡山延暦寺の焼き討ちを行った織田信長は、近江国にある比叡山傘下の天台寺院をも焼き払うことを命じ、西明寺も信長配下の武士によって焼き討ちの運命にあった。しかし、寺僧の機知により、山門近くの房舎を激しく燃やし、全山焼失のように見せかけたため、山奥に位置する本堂や三重塔は焼失をまぬがれたという。この兵火の後は荒廃していたが、徳川家などの庇護を受けて徐々に復興し、近代に至っている。
国宝 三重塔
鎌倉時代後期建立。飛騨の匠が、釘を1本も使用しないで建てた、総桧の塔である。
一層には一面に巨勢派の極彩色による絵が画いてある。八天画、法華経の絵説き、八大龍王、三十二菩薩、花鳥などである。
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国宝 本堂(国宝第一号指定)
鎌倉時代初期建立。飛騨の匠が、釘を1本も使用しないで建てたものである。屋根は桧皮葺で、かえるまた、吹寄せ菱格子欄間等鎌倉時代の様式が保存され、鎌倉時代を代表する純和風の建造物である。天台密教の道場でもある。
内陣中央の厨子には本尊薬師如来立像(重要文化財、秘仏)を安置し、左右に日光・月光(がっこう)菩薩像、十二神将像、二天王像(重要文化財)などを安置する。
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by nori_bura | 2013-12-18 09:55 | 関西ぶらり(滋賀)

紅葉の湖東三山・西明寺へ②(犬上郡甲良町)

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千年夫婦杉
二天門手前右側の霊木で幹が途中で二又に分かれていることから夫婦杉と呼ばれる。後側から子供の様に若木がでていることから良縁、夫婦和合、子授け、安産の霊木、 樹令千年の長寿の木であるので息災延命、家内安全の霊木とされている。
二天門(重要文化財)
室町時代の建築の門(応永14年(1407年)と思われる)。入母屋造、杮(こけら)葺きの八脚門。二天(持国夫、増長天)は院尋作である。
表道両側石垣は、穴太積の初期の物。
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by nori_bura | 2013-12-17 09:50 | 関西ぶらり(滋賀)