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長崎さるく・浦上界隈

昭和20年8月9日午前11時2分、原子爆弾により一瞬のうちに廃墟となったこの地をさるく。
平和公園は長崎市松山町にあり、路面電車で赤迫行きに乗車、「松山町」下車。
そこから徒歩約5分です。(出島からは乗り継ぎなし、15分120円で便利でした。)
公園への階段を上がると、噴水「平和の泉」と世界各国から贈られた多数の平和と人類を象徴するモニュメントが立ち並んでいます。
d0049152_15363441.jpg原爆炸裂時にあった長崎刑務所浦上刑務支所の周囲の壁の一部が今も残されている。(134名が即死。)

平和祈念像
被爆10周年にあたる1955年8月8日に完成した。
(像の高さ9.7m、台座の高さ3.9m、重さは約30t。)d0049152_9154663.jpg
軽く目を閉じた顔は原爆犠牲者の冥福を祈り、天を指した右手は原爆の脅威を、水平にのばした左手は平和を表しているといいます。(モデルは力道山らしい。)





長崎平和祈念像の両サイドには折鶴の塔がありました。





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平和祈念像の右側を進むと天主堂の見える丘があり、浦上天主堂が正面に見えました。

次は天主堂を目指しさるき、丘の横にある階段を下り進みます。



d0049152_951537.jpg浦上天主堂
教会堂の中はシーンと静まり厳か。
(撮影禁止)

爆心地から東北東約500mに位置していたため、原爆により一瞬にして崩壊。司祭をはじめ天主堂にいた信徒の全員が死亡しました。(浦上地区の信徒約12000人のうち約8500人が爆死。)
戦後、コンクリート造りの天主堂を再建、1981年、ローマ法王ヨハネ・パウロ2世訪日を機に外壁をレンガタイルで改装された。d0049152_15164587.jpg

原爆関連の資料が少し展示されています。
被曝マリア像(レプリカ)は、衝撃をうけます。目は空虚な空洞で怖いくらいです。
近くの長崎医科大学は、全ての校舎・施設が一瞬のうちに倒壊・炎上し、教官・学生が講義の時の位置そのままで白骨化していた教室もあったという。
(朝勉強をする為に出かけた若者が、昼過ぎに机で白骨化・・・ああ悲しい。とても印象に残る記事でした。)

この後、長崎原爆資料館・原爆落下中心地を訪れました。
爆心地は別荘のテニスコート上空、高度503m±10m。
原爆落下中心碑 ↓  右の塔は浦上天主堂遺壁。
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恐ろしい史実がここで起こった。
「何ということをしたのだ!アメリカ!」という思いに駆られました。
by nori_bura | 2012-02-26 15:34 | 旅行・長崎県
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