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長崎さるく・日本二十六聖人殉教地へ

10月8日、台風の接近で「長崎くんち」の殆どの行事は順延となりました。これは12年ぶりの事とか。小雨のうちにホテルから近い所に出かけました。
d0049152_1375559.jpg北瀬崎米蔵跡
享保4年にこの付近に米蔵が設置され、米の搬入・搬出が行われていました。
敷地は1561坪。内部には、水門3箇所・土蔵5棟・役人詰所1棟・番所1棟があり、米蔵預や蔵番等が年貢米の管理にあたりました。
今電車が走っている所は、当時は海だったようです。
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d0049152_13123111.jpg石畳の坂を上がると西坂公園。右手にはガウディを連想する塔を備えた建物。日本二十六聖人記念聖堂 聖フィリッポ教会といい、戦後殉教地である西坂に、二十六聖人に捧げる教会として建設されました。
設計者の今井兼次氏はアントニオ ガウディを日本にいち早く紹介した功績で知られており、この双塔はガウディの影響を受けているようです。双塔以外の部分はル コルビュジエの影響が感じられる物だそうです。(中には入りませんでした。)
日本二十六聖人の殉教碑
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豊臣秀吉の禁教令により京都や大阪でとらえられた外国人宣教師6人と子供を含む日本人20名は長崎に送られ、 慶長元年(1597)2月5日に、長崎西坂の地で処刑された。外国人宣教師達はキリストが処刑されたゴルゴダの丘に、 ここが似ている為この地で処刑されることを希望したと言われている。
 この事件の話は長崎に滞在していたルイス・フロイス神父によりヨーロッパに伝えられた。この悲しいできごとは 広くヨーロッパに知れることとなり、この報告を受けたローマ教皇は涙を流し悲しまれた。そして盛大な祭典をローマで行い、 26名の殉教者を聖人に列し「日本二十六聖人」と称せられた。



d0049152_13161615.jpg昭和36年列聖百年を記念して26聖人の殉教碑と資料を展示した記念館、記念聖堂が建てられました。
日本二十六聖人記念館
入館料
大人500円
HP


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栄光の間にて。

この部屋には神聖な空気を感じた。
ここで暫し休憩。

宗教について肯定も否定も考えてはいませんが、資料を見て尊い気持ちを少し理解できました。
台風のおかげでじっくりと見て過ごしました。
by nori_bura | 2013-10-20 11:35 | 旅行・長崎県
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