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国宝 明王院へ(福山市)

愛宕山中腹近くにある中道山円光寺明王院は、真言宗大覚寺派の古刹です。もとは西光山理智院常福寺といい、大同2年(807)弘法大師の開基と伝えられています。
三代水野勝貞は常福寺に、城下神島町の歴代藩主の祈願寺となっていた明王院を合併し、寺号を明王院と改めました。
合併後の明王院は、本山として末寺四十八寺を擁していたといわれます。
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d0049152_8545181.jpg(右上)閻魔堂・十王堂草葺
慶長再興、享保11年(1726)再建。
えんま大王以下十王が祭られています。良いことをした人は天国へ、悪いことをした人は地獄へ、すべて十王によって判断される。地獄行きの人も、地蔵菩薩の化身である閻魔大王によくお願いし、次に観音様に頼めば大慈悲のお力で救われると言われています。
明王院山門 (広島県指定重要文化財)
慶長19年(1614)の再建。創建はさらにさかのぼると思われます。
現在の山門の建築材は新旧二様に分かれ、新様は建物上部の斗供・軒などに、旧様は軸部の柱・腰長押・台輪などに見られる。一部に室町様式の木割を残しています。全体に雄大で豪壮な門です。降棟に龍頭瓦を乗せています。
d0049152_9321148.jpg国宝
明王院五重塔

貞和4年(1348)住持頼秀のとき、一文勧進の少資を積んで造られたことが、伏鉢の陰刻銘からわかっています。
本塔の心柱が一層の天井で止まっており、全国的にも珍しい例です。南北朝時代の代表的和様建築です。
全国の指定文化財塔22基のうち、法隆寺・室生寺・醍醐寺・海住山寺に次ぐ5番目の古さを誇り、中世密教寺院における現存唯一の遺例と言われています。
初層内部は絢燗豪華な密教世界が広がり、四方の壁面に描かれた真言八祖行状図、仏壇上の中尊と四天柱三十六尊を合わせた金剛界三十七尊、長押・天井などには唐草文・花鳥・飛天などが極彩色で描かれ、さながら浄土の世界のようです。
表に五大虚空蔵菩薩像図、裏に兜率天曼荼羅図を描いていた仏壇の来迎図は、明治年間皇室に献上され、現在は東京国立博物館に保管されています。
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国宝 明王院本堂
本堂の建立は、昭和37・38年(1962・1963)に実施された解体修理により、内陣蟇股に墨書が発見され、鎌倉時代の元応3年(1321)の建立であることがわかりました。
さらに現本堂の下に、本堂の前身と推定される掘立柱穴が点在する事が、発掘調査によって確認されています。
様式は、全体的に和様の姿をとり、木割や細部には大幅に唐様を採用した折衷様で、外陣の輪垂木天井は極めて珍しい手法です。

明王院鐘楼 (福山市指定重要文化財)
面取り角柱を方形の礎石上で内側に傾斜をつけて建てた、いわゆる四方転びの建て方で、特に各柱を内側に湾曲させているのが特徴です。
建立は棟札により、正保4年(1647)水野宗休(勝成の隠居後の号)の寄進によるものとわかり、鐘は明暦3年(1657)福山三代藩主水野勝貞の寄進によるものです。
江戸時代初期の雄健な手法を示す建造物です。
by nori_bura | 2014-09-26 12:30 | 旅行・広島県
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