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鞆の浦散散策⑤・沼名前(ぬなくま)神社へ(福山市)

d0049152_10303746.jpgお寺が連なるようにある界隈も歩きました。


南禅坊の山門。
古くて趣があり目立ちました。





d0049152_10384045.jpgささやき橋
ポコッとささやかに盛り上がる部分です。
ここには1500年以上も昔の悲恋の伝説があるそうです。

沼名前神社
鞆祇園宮(ともぎおんぐう)、「祇園さん」とも呼ばれる。

平安時代の延喜式にも記載されている由緒正しい神社です。
海上安全に効験のある大綿津見命(おおわたつみのみこと)を祀る「渡守(わたす)神社」と、須佐之男命(すさのおのみこと)を祀り無病息災を祈願する「祇園社」の2つの神社が明治時代に統合され、『沼名前神社』となりました。
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境内には秀吉愛用の能舞台があります。かつて京都伏見城にあったものを、福山城主・水野勝成が二代将軍・徳川秀忠より拝領し、それを沼名前神社に寄進したとのこと。 また、家康建造とも伝えられています。簡単に分解して移動できる組み立て様式の能舞台です。(重要文化財)




d0049152_13193795.jpgたくさん歩きましたが、もっとじっくり見たい訪れたい鞆の街でした。

鞆の津ミュージアム
築150年の蔵を改修して利用されています。
町並みを壊さずいいですね。

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平野屋資料館
ここは町家を利用されているんですね。

龍馬の隠れ部屋(桝屋清右衛門宅)
1867(慶応3)年4月23日夜、坂本龍馬が率いる海援隊が乗った『いろは丸』と紀州藩の軍艦『明光丸』とが瀬戸内海六島沖で衝突し、『いろは丸』は大破、鞆港へ曳航される途中宇治島沖で沈没した。
その事件の際、坂本龍馬と海援隊士が宿泊したのが龍馬の隠れ部屋(桝屋清右衛門宅)です。桝屋清右衛門は事件の際に海援隊を支援し、宿舎として提供しました。
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d0049152_13234899.jpg龍馬は階段のない2階の隠し部屋に寝泊まりしたと伝えられており、暗殺の危機もかえりみず談判にのぞんだ覚悟がしのばれます。

保命酒の醸造元のお店の一つ。
by nori_bura | 2014-10-03 10:14 | 旅行・広島県
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