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長崎くんち・お下り③

諏訪神社の本宮から大波止の御旅所の仮宮まで、諏訪・住吉・森崎の3社の御神輿が下ります。
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御神輿を担ぐのは神輿守町(みこしもりちょう)と呼ばれる旧長崎村の十二郷の人たちです。神輿守町は現在6組あり、6年に一度当番が回ってくるのだそうです。
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by nori_bura | 2013-10-09 13:10 |   長崎くんち2013

長崎くんち・お下り②

d0049152_231813100.jpg諏訪神社の参道脇は、お下りを見に来られた人が既に集まっておられました。
この階段の下辺リは、勢いよく駆け下りて来る勇壮な御神輿が見られるので人気の場所のようです。

階段の下から見上げると、大門までずっと階段が続くかのように見えます。

階段の下の方は人でいっぱいだったので、中程で見物する事にしました。


神職・巫女さん等が神社を出発されました。
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by nori_bura | 2013-10-08 12:55 |   長崎くんち2013

犬山城周辺の神社散策(犬山市)

d0049152_2347285.jpg針綱神社
太古よりこの犬山の峯に鎮座され、東海鎮護・水産拓殖・五穀 豊饒・厄除・安産・長命の神として古来より神威顕著にして士農工商の崇敬殊に厚く白山大明神と称えられ濃尾の総鎮守であった。
犬山城の守護神d0049152_23472588.jpgです。
鳥居の下に見えるのは、「そり橋」↑。
桜の名所でもあるそうです。

実は、こちらから犬山城に上がりました。




三光稲荷神社、猿田彦神社への鳥居。→




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三光稲荷神社
かつては三狐山(三光山)に鎮座し、犬山城主織田信康の保護を受けていたという。江戸時代以降、犬山城主成瀬氏の守護神とされる。主祭神:宇迦御魂大神 。


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                 境内の鳥居。









d0049152_234902.jpg犬山神社


犬山城の南の登城入り口近くにある。
成瀬正成以降の歴代犬山城城主を祀るほか、戊辰戦争から太平洋戦争までの戦没者を祀る。
by nori_bura | 2013-05-20 10:45 | 旅行・愛知県

国宝 犬山城(犬山市)

d0049152_2332359.jpg国宝犬山城を訪れました。
天文6年(1537)、織田信長の叔父、織田信康によって木之下城より城郭を移して築いたといわれています。
石川貞清(光吉)が1617年(元和3年)ごろに改修し現在のような形となりました。中仙道と木曽街道に通じ、木曽川による交易、政治、経済の要衝として、以後戦国時代の攻防の要でした。
d0049152_2333299.jpgボコボコした石の階段を上がって本丸を目指します。
ここまでは、神社を経由するルートなど3通りあります。

上がりきった所で入場券購入です。
大人500円 小・中学生100円
入場は9:00-16:30(閉館は17:00)。
d0049152_23332759.jpgGWの人出は多く、天守閣に入る為には並ぶ必要がありました。
9時の時点で20分待ち、10時50分には50分待ちでした。
とても暑い日で、並ぶ根性はなく、外観だけ眺めました。桜の季節に再訪したいです。

犬山城は、現存する日本最古の木造天守閣です。
木曽川沿いの高さ約88メートルほどの丘に築かれた平山城。別名、白帝城。
天守は外観3重、内部は4階、地下に踊場を含む2階が付く。
天守南面と西面に平屋の付櫓が付属する複合式で、入母屋2重2階の建物の上に3間×4間の望楼部を載せた望楼型天守である。天守の高さは19m。(日本100名城
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by nori_bura | 2013-05-19 10:50 | 旅行・愛知県

熱田神宮へ(名古屋市)

d0049152_9163617.jpg朝食を食べて、早々に出発。
熱田神宮参拝です。

正門

熱田神宮の創祀は、三種の神器の一つ草薙神剣(くさなぎのみつるぎ)の御鎮座に始まります。
d0049152_918916.jpg第12代景行天皇の御代に、日本武尊(やまとたけるのみこと)は神剣を今の名古屋市緑区大高町火上山に留め置かれたまま三重県亀山市能褒野(のぼの)でなくなられました。
尊のお妃である宮簀媛命(みやすひd0049152_9182615.jpgめのみこと)は、神剣をここ熱田の地にお祀りになられました。(御神体)

本宮

主祭神:熱田大神(天照大神を指す)

創祀1900年を迎えられ、5月8日に「創祀千九百年大祭」が行われた。訪れた日も行事の準備がなされていて、神輿が置かれていました。

長い参道を歩き、広い境内と社殿に入ると清々しい神聖な空気を感じました。

境内のスポットへ
by nori_bura | 2013-05-16 08:10 | 旅行・愛知県

名古屋城へ④(名古屋市)

御殿椿
天守閣すぐ東、不明門の南にある。江戸時代から、本丸御殿南の庭にあった尾張藩秘蔵の銘椿で、白八重の大輪の花を咲かせる。
原木は昭和20年の空襲で消失したかと思われましたが、焼けた幹の下から再び新芽が伸び復活した。今ここにある木は昭和30年頃に原木から接ぎ木育成したもの。
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d0049152_922441.jpg不明門
天守閣の東から北へ抜ける門。多門塀の下をくぐる埋門で、本丸御殿の大奥へ通ずる秘門であり、常に鍵が厳重に施され、別名を「あかずの門」といった。塀は外部の軒桁を忍返しにした「剣塀」である。昭和20年5月14日、空襲で天守閣などとともに消失、昭和53年3月、原形の通りに再建した。d0049152_9225285.jpg

天守閣基礎石
天守閣の北側、内堀の外側にあります。
旧国宝名古屋城天守閣の基礎土台石で、天守閣再建のとき、ここに移して再現された。



d0049152_9231516.jpg石棺式石室
島根県松江市山代町にあった団原古墳の石室で、本来は床石があって、手前に羨道(石室への通路)を備えていた。古墳時代後期のもので出雲地方独特の横穴式石室である。個人により名古屋市に寄贈された物。
(基礎石の奥にあります。)
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金の鯱(しゃちほこ)
これは、売店前に置かれているレプリカ。
大天守閣5階では、実物大の金鯱に乗って写真を撮れます。地下1階にも鯱の展示があり、鯱は人気物です。
『昔、日本や中国では火災が起きると消化する方法が一切なく、全てを焼き尽くす火災は人々から大変恐れられていました。そこで、剣鉾のような鋭いひれを持ち、虎のように凶暴で鯨まで切り裂いて食べてしまい、さらに泳げば大波を立てて雨を降らせると信じられていた「鯱」は高層建築の天守閣にうってつけの飾りでした。また、干ばつに苦しまないように天に一番近い建物の最上部に水に縁のあるものを置いたともいわれています。 』d0049152_9245381.jpg
内堀の鹿
名古屋城に鹿がいるとは知らなかった。
江戸時代から放し飼いされているのだそうです。
1970年代に56頭いた鹿が、現在はわずか2頭にまで減っています。

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by nori_bura | 2013-05-13 13:05 | 旅行・愛知県

名古屋城へ③天守閣展望室からの眺め(名古屋市)

d0049152_0175475.jpgGW中は、天守閣に入る為には行列に並びました。
まず小天守閣に入り、小天守閣との間の通路を通り、大天守閣内に入りました。(←)
エレベーターに乗るにはまた行列だったので、階段を上がり展示物を流し見。7階の展望室の眺めをアップします。
(東)手前から、売店の屋根・本丸御殿復元工事現場・二の丸庭園の緑・外堀の水が見える。
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雀がとまっているのを見つけた。
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(北東)名城公園の森が見える。
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(南)小天守閣を見下ろす。
後ろは、本丸御殿復元工事現場。






(西↓)
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都会の観光地はキャパが大きいですね。大天守閣内の上り優先の階段と下り優先の階段が二本の螺旋になって、沢山の人が移動して吐き出され、混雑が少なかった事に感心しました。
by nori_bura | 2013-05-12 13:50 | 旅行・愛知県

名古屋城へ②天守閣(名古屋市)

名古屋城は、徳川家康が天下統一の最後の布石として築いた城。
名古屋城天守閣は、延床面積が江戸城や大坂城をも上回る史上最大の天守閣です。
通称、「金鯱城」、「金城」とも呼ばれました。日本100名城に選定、国の特別史跡に指定されています。
天守閣のいただきには、金板でおおった一対の鯱が載っています。鯱には水を呼ぶという伝説があり、火除けのため天守閣上に載せるようになったと言われています。
名古屋城の金鯱には、慶長小判で17,975両分(金量約270キログラム)の金が使用されたと伝えられています。
また、破風や鬼板などに三葉葵紋を付け、家康の城という格式を示しています。
第二次世界大戦中の名古屋大空襲により焼失、昭和34年10月再建されました。焼失で傷んだ石垣に建物の重量をかけないよう配慮し、天守台石垣内にケーソン基礎を新設、その上に鉄骨鉄筋コンクリート構造(SRC造)の大天守を載せる外観復元です。
(天守閣東面↓ 右下は売店の屋根、左下は小天守と繋がる橋台。)
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d0049152_12454286.jpg(←北東側、左にあるのは不明門・屋外エレベーター)
天守閣(5層5階地下1階付)は、南側の小天守(2層2階地下1階付)とそれぞれの地階を橋台で結ぶ連結式天守閣の形式となっています。
出入り口は厳重を極め、天守閣へは小天守を通らなくては入ることができません。
天守閣、小天守とも入口は上部の石落しと総鉄張の扉を備えた門となっています。
また、槍の穂先を並べた剣塀や隠狭間など、随所に敵の侵入を防ぐ備えがほどこされています。高さは55.6メートル(天守台19.5m、建屋36.1m)と、18階建ての高層建築に相当します。
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d0049152_13231528.jpg(↑ 左・北側、右・北西側)
(←西側)

石垣の勾配
名古屋城天守閣の石垣積みは上部で外側にそりだした『肩勾配』の技法が取り入れられている。これは加藤清正が担当して築いたので、とくに『清正流三日月石垣』といわれている。この技法は石垣を内面に湾曲させ石の重みと内側の土圧による力を分散させ、はらみを避けるためである。

天守は本丸の北西隅に位置しています。

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by nori_bura | 2013-05-11 13:00 | 旅行・愛知県

名古屋城へ①(名古屋市)

d0049152_15372840.jpgずるずる歩いて名古屋城に到着。
正門ではなく、二之丸大手二之門(重要文化財)から入りました。
古くは西鉄門といわれ、二の丸の正門でした。本瓦葺の高麗門(こうらいもん)形式で、柱や扉には鉄板を打ち付けた堅牢な造り。建造年代は天守と同じ慶長17年頃の完成とみられているが、元和年間とする説もある。
体育館の横を通りすぎ本丸エリアへ。
東南隅櫓(重要文化財)
辰巳櫓ともいわれ、その規模、構造は西南隅櫓と同じ(屋根 2 層・内部 3 階)。「落狭間」の破風の形を異にしている。この櫓は創建当時の姿を伝えるもので、鬼瓦などに葵の紋が見られる。
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d0049152_15423417.jpg内堀は工事中でした。

清正公石曳きの像
慶長15年(1610年)加藤清正が徳川家康に願い出て、天守閣の石垣工事を施工した。清正は、巨石を修羅に乗せて運ぶ時、石の上に乗り気勢を上げたと伝えられ、世に「清正の石曳き」といわれています。(写真を撮っている人が多かった)

表二之門から更に中に入ります。

第二次世界大戦で失われた本丸御殿は復元工事中で、玄関・表書院は5月29日から一般公開。
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by nori_bura | 2013-05-10 12:40 | 旅行・愛知県

獅子岩駅へ

ロープーウェーを2つ乗り継いで、獅子岩駅に到着。
獅子岩展望台から、安芸灘の島々を一望できました。
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by nori_bura | 2012-12-12 09:00 | 旅行・広島県